岩田研の出張リポート

Vol.001

1st Ringberg Workshop on Structural Biology with FELs(2/19-22, 2014)

 ドイツのミュンヘンの南にあるシュロス・リンベルグで行われた、第一回自由電子レーザーを用いた構造生物学のミーティングに参加しました。シュロス・リンベルグ(リンベルグ城)はマックス・プランク協会が有しており、その研究所の主催するミーティング等に用いられています(http://www.schloss-ringberg.mpg.de/home)。
僕は92年から96年までフランクフルトでマックス・プランク生物物理学研究所に勤めていたときに訪れて以来、20年ぶり2回目の訪問でとても懐かしく思いました。テーゲルン湖の畔の風光明媚な場所にあります。

Ringberg 2014

 会議は2月19日から22日までの4日間のプログラムでしたが、僕は都合で最初の2日だけ出席し、SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)におけるインジェクターを用いた多結晶からのデータ測定システムについて報告してきました。
 初めに、簡単に X線自由電子レーザーを用いた蛋白質構造生物学についてお話しておきます。X線自由電子レーザーは、放射光とは異なり直線加速器をベースにした新世代の光源です。SACLAにおいては、10fsという短いパルス長の中に、ピーク強度で放射光の10倍以上強いX線を発生させることができます。10fsというのは実際に化学結合が切れる速度より速いので(原子核が動き出すにはそれより数倍以上の時間がかかります)、X線によってサンプルが破壊される前にデータを集めることができます。つまり、放射光での大きな問題である放射線損傷を事実上受けない状態でデータを集めることができるのです。またレーザー光源ですのでその可干渉性を用いて、旧来のX線回折の大きな問題であった回折像の位相情報を回復できる可能性があります。  
 このようにX線自由電子レーザーは非常に大きな可能性を秘めたX線源ですが、スタンフォードのLCLSが2009年より、日本のSACLAが2012年よりオペレーションを始めたばかりで、それを用いた研究はまだ多くの未知の領域を含んでいます。

 会議では、X線自由電子レーザーを用いた構造生物学研究の最近の進展について活発な議論がありました。ビーム自身が1ミクロン程度と非常に小さいため、例えば細胞中で自発的に生じた微小蛋白質の結晶を用いた構造解析の例などが報告されました。
  我々グループに関連する重要なことは、脂質のキュービック相の中で得られた膜蛋白質の結晶を、専用インジェクターを用いて回析計に導入し解析に成功したという例が複数のグループから報告されたことです。X線自由電子レーザーを用いた構造解析のためには、多数(数万以上)の微小結晶を回折計中に導入する必要があります。GPCRを含む小さく疎水的な膜蛋白質の結晶は、脂質のキュービック相で得られることが多いのですが、非常に粘稠なため、これを扱うサンプルインジェクターを開発するのに時間がかかってきました。
  アリゾナ大学のグループがLCLSで開発したインジェクターは、真空中で作動し、蒸発とそれに伴う冷却のために通常結晶化に用いるモノオレインという脂質を用いることができなかったのですが、より流動性の高い他の脂質を添加することによりこの問題に解決のめどをつけたようです。SACLAにおいて、我々グループは異なったアプローチをとり、回折計を真空中ではなく水蒸気で飽和させたヘリウム雰囲気下におくことによってこの問題を解決しています。
 これらの装置により実際に解析された膜蛋白質の構造が示され、放射光でミクロビームを用いるのに比べ、少量のサンプルでかつ迅速に解析が可能であることが示されました。

 今後は新規膜蛋白質の構造解析、特に創薬ターゲットのヒト膜蛋白質のように大量の大きな結晶の調製が難しいサンプルに対して、X線自由電子レーザーを用いた構造解析が積極的に行われるようになると思います。京都大学で得られている結晶も、SACLAを積極的に用いて構造解析を進めていきます。また新しい展開があったらご報告します。ご期待ください!

 (2014年3月 岩田 想)

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